ヴィーナスの誕生とパーンの恐怖
平成20年6月22日
紀元前1500年ごろから古代ギリシャの諸民族により語りつがれ、紀元前900年頃から文字としてまとめられるギリシャ神話は、当時から音楽、絵画、演劇の題材としてくり返し取り上げられ現代に至っている。古代ギリシャの神々が当初から人間の身体と心を持ち、その感情も行動も極めて人間的なものから、当時の人々の日常生活での感情や行為などが取り込まれて出来あがったのが神話の世界だと思った。
意地悪く考えると、神々相互が複雑に入組む性愛模様や、残酷極まりない殺戮をともなう裏切りや、きわめてハードな家庭内暴力を内容とする物語だと知るにつけ、当時の一般社会でも同様の感情や行為が横行していたと思わざるを得ない。
どの民族の神話でも例外はなく、神々の王である主神は、奥様以外の女性にこまめに手をだすようだ。女性の形と機能をそなえていれば、あらゆる手段を屈指して目的を果たす。奥様は奥様で、夫の浮気の相手に執拗な復讐をくりかえし、この浮気の果実である子供の将来につながる芽を摘んでしまう。そして「夫がやりたいようにやるのなら私も」と男漁りに励むのである。
どの民族に伝わる神話でも共通しているのが、国生みの部分である。ビックバンに始まる宇宙の誕生と同じく、何も無い混沌の状態から原初の神が出現し昼と夜を創り、空と大地を創る。原初の神は別の神々を生み、それらが人間や動物や植物を創っていく。
ギリシャ神話での2代目王クロノスは、将来の自分の地位を危うくする要因を、あらゆるシミュレーションを屈指して追求した。その結果、最大の競争相手と予想される自分の子供が生れるたびに、自分の体内に飲み込んでしまった。母の機転で、最後に生んだ子供の代わりに産着に包んだ石を夫に差し出し、この子だけが難をのがれた。その末子が成人してから父親に下剤を飲ませた。兄弟は飲まれた順序の逆から再度神々の世界に戻ることが出来た。力を合わせた兄弟は、実の父から神々社会の政権を奪い取る。末子のゼウスを始めてするオリンポスの神々への政権交代に関する数々の作戦は、時代が下がった現代にまで引き継がれ、政治の世界や、指定暴力団内部や大小の企業内や、公立私立のそれぞれの病院内部や、保育所や幼稚園、小中髙(専門学校、職業訓練校を含む)大や大学院の学校内部や、各国家機関内部の権力抗争に反映されてきた。しかし、武器性能や科学の進歩があったにもかかわらず、そのバリエーションに進歩の跡が認められないのが原状である。
ギリシャ神話での世界の始まりは、まずカオス(混沌)があり、その次にガイア(大地)とウラノス(天空)、ポントス(大海)その他が生れた。
ウラノス(天空)がガイア(大地)に覆いかぶさったので、クロノスとレア夫婦の他に多数のティタン神族が生れた。
クロノスとレア夫婦の間に生れたのがオリンポスの神々のゼウス(主神)、ポセイドン(海洋神)、ハデス(冥界神)、ヘラ(ゼウスの姉、ゼウスの妻でもある結婚の女神)、デメテル(ゼウスの姉、農業の女神)、ヘスティア(ゼウスの姉、家庭生活の守護神)の兄弟神である。
彫刻[ミロのヴィーナス]や、画家のサンドロ・ボッティチェリ、アレクサンドル・カバネル等の絵画[ヴィーナスの誕生]で馴染みあるヴィーナスは、ギリシャ名をアプロディテという。この恋愛の神ヴィーナスは、なんと、息子クロノスに切落とされたウラノスの陰部が海に落ちた衝撃の泡の中から生まれている。なにも、そんなところから生まれなくとも、恋愛の神としての登場のしかたは別にあったと思うのだが、昔も手抜きする人間は少なくなかったのだろう。
ギリシャ神話の二代目王であるウラノスにも、息子クロノスに陰部を鎌で切落とされるだけの理由はあった。クロノスはウラノスを父、ガイアを母として生れたティタン親族の末子である。かねてから猜疑心の強いウラノスは、自分の息子たちに王位を奪われることを警戒していた。特に息子の怪力巨人と一眼巨人を恐れ、ガイア(大地)のお腹の中へ押し戻してしまった。お腹の中へ二人もの巨大な息子を押し戻されたガイアの苦しみは強く、こんな馬鹿夫をそのままにしては置けないと思った。この母は、残った息子たちと自分の夫を倒すための談合を持った。恐れおののく兄弟の中で、末子のクロノスが「私がやりましょう」と母に申し出た。
夜になる前から母の寝室にかくれていたクロノスは、いつものように当然のように母の上に這いあがる父をしばらく観察した後に、その一物を鎌で掻ききってしまった。それからのクロノスの行動は素早く、転がっている父の男根を滑り防止のイボイボ付きゴム手袋の手で握り、海の中に投げ込んだ。男根は二三度海面をジャンプした後に海底に沈み、白い泡が周囲に湧きあがりヴィーナスが誕生したのである。屈辱のために身を隠した先王の椅子に座ったのがクロノスである。このクロノスもまた、自分の子供たちであるオリンポスの神々に戦いを挑まれ、末子のゼウスにその王位を奪われるのである。
男根が投げ込まれた海の泡から生れた絶世の美女神ヴィーナスの夫は、頭髪が薄く、斜視で鼻が低く、唇が厚く、お腹は出っ張り、畳針のような胸毛をもち、その上にビッコの足には年齢不詳の水虫の巣窟がある、ほとんど救いようのない容姿の鍛冶屋の神ヘパイストスである。このヘパイストスの策略により彼の妻にされてしまった彼女だったが、絵画に描かれた理想の女性としてのヴィーナス像とは裏腹に、大変な一面を持っていた。神々の世界では知らぬ神のいない尻軽女で、軍神アレスを浮気の相手に選んで眼も覆うばかりの狼藉の数々を繰りひろげたのだ。
ゼウスの子アレスは父に良く似た身持ちの悪い息子で、方々の女神にモーションをかけては数多くの女神と浮名を流した。その方面では父のゼウスは業界一なのだが、自分に似た息子をことのほか嫌い、神々社会での重要な地位につける事はなかった。このアレスとヴィーナスとの行為中に網でベッドにくくりつけた夫のヘパイストスは、あろうことか、その現場に大勢の神々を導き入れて二人の醜態をさらし神とした。中にはアレスを責める神もいたが、内心それを羨む神も少なくなかったという。神でも人間でも、物腰や顔色だけで本当の考えは判断できないということは、今始まったことではない。決して隣人を疑っていると悟られてはならないが、自宅のドアや窓の鍵のかけ忘れの無いようにはしなければならない。
そんな仕打ちにもめげずにアレスとヴィーナスの間にはエロスを含め4人の子が出来た。神々の世界では、浮気でできる子供でも特に周囲から後ろ指をさされることはなく、神々の社会で、それなりの役目が与えられる。
彫が深く目鼻立ちが整って、金髪の巻き毛を持つ多くのヴィーナスの浮気相手の中に混じって、実用的な性欲絶倫のパーンがいた。性欲旺盛な恋愛の神にはときおり、姿かたちにこだわることなく、実質的持続力とパワーを秘めたパーンを必要としたのだろう。
牧羊神パーンは、羊飼いと羊そのものを監視する神である。父は神々の伝令役ヘルメスで母はニンフ(妖精)だと云われている。パーンは羊の足と尻と角をもち、シューリンクスという笛の名手である。あるときアポロンの弦に挑戦し負けたが、その判定の不満をだれかれなしにぶつけた。周囲の出来事には対しては比較的温厚なアポロンも、自分のことを他人が謙遜することには我慢ができず、パーンの耳をロバの耳に変えてしまった。羊の毛が密生している頭に2本の角を生やし、両足は羊の足で、その上にロバの耳にされたのだから異様な姿になる。そこに持ってきて、ファルス(男性器)を屹立させた姿で描かれることの多い無類の性豪ときている。こんな身体的特色を具えてはいるが、男女間の行いには確りとだらしなく、野山に住むニンフ(妖精)と見れば誰かれなく追いかけまわし、その確立は高く当初の目的を果たす。こんな彼を嫌ったニンフの多くは、木や草に姿を変えて難を逃れるが、自らも元の姿に戻れなくなってしまうのだ。本当に、罪作りな神といわなければならない。
牧羊神パーンにはもう一つ、この地上に生きる動物にとり迷惑な分部があった。
突発的な不安や恐怖により混乱した心理状態をパニックと呼ぶが、語源はギリシャ神話の[パーンの恐怖]から来ている。家畜の群れが突然騒ぎ出したり集団で逃げ出したりする現象は、家畜の感情を揺り動かすパーンの力だと信じられていた。その後に、動物や人間の集団を襲う恐慌状況をパニックと呼ばれるようになり、広義には個々の人間の恐慌状況や心理状態も含むようになった。
歴史上では集団的恐慌状況に巻き込まれての大惨事を引き起こした例は数え切れないが、パニックにも利点が無いわけではない。目前の火災や事故寸前の状況から信じられない速さで遠ざかることが出来る場合がそうである。火事場から逃げ出すのに、85Kgもある金庫を片手で引きずり出す力を奥様が持つことも一種のパニックの利点である。しかしこの場合だけは、厳密には、女性特有の欲望の部分も混じっているとも考えられる。
パニックに陥りにくい環境もあるようだ。まず、生き残りの可能性の無い場合には起こりにくいという。過去の大規模な航空機事故の場合には死亡した全員が冷静さを保ち、墜落し機体が地上に激突する瞬間まで家族への遺言を書き続けていた者もいたという。充分に訓練された集団もまたパニックには陥りにくい。軍隊のような組織の真の目的は、敵となる人間を抹殺することにある。戦争末期の極限状況下でそれらに陥ることはあっただろうが、指揮官が健在で指揮系統が健全に機能していれば、どのような状況下でもストレスは軽減され、たいていの危機を脱するという。敵と味方が入り乱れる戦場の軍隊がパニックに陥っていたのでは、あぶなくて戦争どころではない。精神的に異常をきたした機銃射手が後ろを向き、その引き金を引くようなことになったのでは、味方同士の戦闘に発展しかねない。
パニックはある種の恐怖心が原因でおこる状況である。[恐怖]の定義は、「現実や想像上の危険、または類似するリスクに対する強い生物学的な感覚」となる。「恐怖心が極限まで高まり、追い詰められた鼠が猫に反撃を開始する」と、よくいわれる。人間も同じである。やくざや、自分の役目を勘違いしている警官に不当に追い詰められれば、月に一度の町内の共同清掃に欠かさず出席する一般的人間であっも、命をかけて戦うこともある。人気の無い場所でやくざに絡まれ、恐怖のあまり押し戻したら、そのやくざは倒れて石の階段の角に後頭部を打ち動かなくなった。彼は考えた。これをネタに家庭や職場におでましになられ、医療費の請求をされたとしたら今後の人生が台無しになる。彼は、まだ息をして時おり悶えているやくざの口と鼻を動かなくなるまで押さえた。
通常の人間を含む動物に、恐怖心を持たないものはない。恐怖心は、正常に生きる生物の最大の武器でもある。言葉を変えれば、恐怖心の無い者は精神の破綻者である。闇雲に危険の方向に駆け出してゆき「さー、殺せ!」と、云い続ける者もたまにはいるが、その希望をかなえる人は誰もいない。ボランテア活動に参加しなくとも、現在のところでは罰則の規定がないからだと思う。
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)


最近のコメント