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296の朝と夜(2011年3月11日の震災によせて)

201211

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落雷のごとくとどろく海鳴りのなかに

いとしき人々はきえさった

子は親のぬくもりをもとめ

親は子の吐息をおいもとめた

幾日も幾月もさまよった海辺に

いわれなき悔恨だけがほとばしる

今日も海原に凪ひろがり

春秋おりなす月日がかくれた激情をやわらげた

けれども我ら生きいくものとして

この静謐の時のなかに幾度でも天に祈る

20400の御霊よ安らかなれと

願わくば復活の時を約せと

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