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ジャックとモーガン[バケット・リスト]

平成23411

 

 2011年(H23311日(金)は日本国民に取り最悪の日だった。東日本大地震はPM2:46に宮城県沖に起きたM9の巨大なものを皮切りに、PM3:15茨城県沖で、PM4:29に岩手県沖に連動して起きた。そしてこれらの2日前にも岩手県沖でM7.3の揺れがあり、311日以降の現在まで400回近くの余震が続いている。これらの地震発生のメカニズムはわかっているが、悲しいことに人類はその正確な場所と時期を予測できずにいる。

 太平洋岸の広範囲に渡る津波の1波は311PM2:46の宮城県沖の地震の約30分後に4m程度のものが海岸線を乗り越えてきたようである。その後に何波にも渡り押し寄せて地域によっては20mを越す物もあった。
 震災と津波による全国での死者は
12,898人、行方不明者14,824人の合計27,722(4/9-17:00現在)となり、この数値以外に最大の被災地の宮城県と岩手県に行方不明者数が集計出来ない一部の地域がある。多くの人々がこの災害に見舞われ、安全を確保した人々も波に飲まれるて流されていく人を見送るだけで、手を差し伸べることの出来ないじれんまに苦しんだ。

 私自身も一人きりの仕事場で事務机やロッカーが集団で踊り跳ねる巨大地震を初体験した。永い永いこれまでの半生には死の一歩手前までは何度かいったが、「今度はだめだろう」と死を予感したのは生まれて初めてだった。巨大な建築物崩壊に依る瓦礫の下敷きになり身体がスルメのように押しつぶされる恐怖感で外に逃げることも出来ない状態。表を見れば電線が揺れ、街路樹が揺れ、道の向こう側の2階建ての建物群も揺れていた。一連の15分にも及ぶ揺れが一段落してから辛うじて足が動き屋外に出るのがやっとだった。近くの野外で作業してた同僚が駆けてきた。方々の建物から人々の姿が現れた。このような状況下では、特に親しい人でなくとも顔を合わせれば互いの無事を確認しあった。その後に続くシツコイ余震の回数は400(4/9-17:00現在)にものぼって、以後の特大級地震を予告しているようだった。

 福島県、宮城県、岩手県、茨城県の太平洋岸の津波被害には誰もが打ちひしがれた。大勢の人々が冷たい水の中で死んで行った。震災とそれに続く津波という2重災害より一命を取り留めてた人々の上には、容赦ない寒さと飢えとが襲いかかった。地震により道路と鉄道は分断され、津波により肉親も家も自動車も失われて途方にくれる人々。内陸部に住む人々は、自分がまがりなりにも暖と灯りのある室内にいることを恥じた。海岸近くの状況がニュースとして流されるたびに呆然となり、その後に人々の眼に涙が滲んで来た。そして、一人でも多くの人が助かってほしいと祈った。

 不幸なことは重なるものだった。過去に記録した大地震と大津波を想定しての、科学の粋を屈指した絶対安全であるはずの原発にトラブルが発生したのだ。絶えず冷やさなければならない核という悪魔を抑える水冷用のポンプの電源を供給できなかったのだ。日本は元より、世界中の専門家は福島県双葉町と大熊町の方向に脅威の眼を向けた。利益追求に走る巨大企業に原子の力を委ねたことが誤りだった。
 彼の企業の歴史は、電力生産初期段階の水力発電の当時から、国民と偏狭の地の自然を欺く歴史を刻んでいたのだ。過去のどの時代にも時の政府と財界を抱き込んで自社の繁栄を築いたモンスター企業の真の姿が暴かれることになった。虚偽の報告を平気で上程し、企業優先の偽りの行為の積み重ねをした彼らに電力事業を続ける資格はない。まだ解決の道も見えない人類規模の破局の始まりの時点で、特定の人間を弾劾して事を収めるわけにはいかないが、一つだけ確かなことは、驕りと虚偽で塗り固めた企業体は人類の敵であって他の何者でもない。しかし、高濃度の放射線が渦巻く原発事故現地で事故収束に向けて必死で作業に当たる同じ命を持つ企業社員と関連企業の方々を攻めているのではない。ややもすれば偏見の眼で見られるであろう彼の人たちは、この原発事故の最大の被害者かも知れないからだ。

 起きたことは受け入れなくてはならない。私たちは差し当たり、それぞれが自分の住む地域の復興に努める義務を果たさなければならない。
 この汚れに汚れた土地と海と空を、このままの状態で子供たちや孫たちに引き渡すわけにはいかない。世界中の善意を受けている今、打ちひしがれることなく、誇りを失わずに地上を支え続けている大勢の同胞の活躍を見るにつけ、新たな力が蘇ってくる。
 2011311日に自分に降りかかった死への恐怖と、ほんの50Kmしか離れていない馴染み深い海浜での犠牲者の方々を思うとき、以前に見た映画[最高の人生の見つけ方(バケット・リスト)]を思い出した。そのストーリーは、末期癌に侵された初老の二人の男が同じ病室でベットを並べることになり、「医者から告げられた半年の寿命のうちにやりたい事のリスト通りに実行に移す」というものであった。
 [最高の人生の見つけ方]に主演したジャック・ニコルスンとモーガン・フリーマンというアカデミー賞常連の70歳(2007当時)の2人の俳優がユーモア溢れる台詞を呟きながら重厚な演技で仕上げたものである。

 映画[最高の人生の見つけ方(バケット・リスト)]の物語の概略はこうである。
 [[大学時代に恋人を妊娠させて退学処分になった黒人であるカーター(モーガン・フリーマン)は、その後の永い年月を家族を護るために自動車修理工として働いてきた。非常な運命の神は60代後半のカーターの身体に癌細胞を植え付けていた。彼は家族の勧めた病院に入院した。
 16歳で独立した金儲けに長けるエドワード(ジャック・ニコルソン)は、あらゆる富をかき集めて大富豪にのし上がった男である。彼は、世界中の王族と食事を共にする日常に生き、時には大統領と直通電話で話をするほどの社会的名声を獲得した男でもある。
 彼が作り上げたコンツェルン下の病院での検査で末期的癌と診断され、そこに入院する。その病院は彼の提案により個室は造らず全室が2人部屋で、彼が運ばれたのも当然のように2台のベッドの病室であった。カーターの横たわるベットの隣にエドワードのベッドが運び込まれたことにより奇妙な二人の交友が始まった。
 
きわめて堅実な言動を身に付けているカーターは、現在まで46年間を自動車修理工として働いてきた。一方のエドワードはワンマン実業家で、自分本位な考えと少年のような純粋さを併せ持つ人物で、相反する個性の二人の交友は互いに無視することから始まった。
 何日かが過ぎたころ、エドワードの点滴チューブがベットの端に絡まって困っているのを見つけたカーターが直してやった。そのことが切っ掛けになり、二人の心は次第に融けて行った。
 エドワードの脇に運び込まれた「そのガラス器具は何だ」と聞く。
 「世界最高のコーヒー[コピ・ルアク]のサイホンだ。君も一杯どうだ」
 「私はインスタント以外は飲まないから」とカーターは断る。

 何日かが過ぎたある日、カーターが紙にメモを書いているのを観て、しつこく聞くエドワード。無視するカーター。
 昼寝中にベッドから落としたそのメモを拾って読み始めたエドワードに気づき非難するカーターだったが、
 「生きている内にやりたいと思うことを書き出した[バケット・リスト(棺桶リスト)]で、叶わぬ私の願望だ」と白状する。

 そのメモには、
[荘厳な景色を見る]
[見ず知らずの人に親切にする]
[マスタングに乗る]
[泣くまで笑う]だった。

 「こんな期限のないリストは無意味だ」と、エドワードはその下に書き足した。
[スカイダイビングをする]
[ライオン狩りをする]
[世界一の美女にキスする]
[刺青を入れる]
[万里の長城をオートバイで走る]
[ピラミッドに登る]
[ヒマラヤ登頂]と追加する。

 互いの足りない部分を補いあいながら、時にはトランプをしながら時は過ぎて行った。トランプで負けるのは、いつもエドワードだった。二人共に医者から余命を知らされていた。そして、抗癌剤の副作用に苦しむ同士としての友情が芽生えていった。
 二人に取り考える時間はたっぷりとあった。今まで別の世界に生きた二人だが、大切なものが二つあることに気づく。
 [これまでの半生での自分自身を受け入れ、自分で下した選択も受け入れること]と、
 [残された時間を、自分たちがやりたいと思ったことに費やすこと]だった。

 「俺は使いきれないをほどの金を持っている。きっとできる。二人で総てをやりつくそう」エドワードがいった。
 次第にカーターも引き込まれ、反対する奥様を振り切って旅に出ることになった。病院からの脱出と世界一周の旅全般の手配は、主人に対して批判的ではあるが自分の分(ブン)をわきまえたエドワードの有能な秘書のトマス(ジョーン・ヘイズ)が取り仕切った。

 最初の実行項目はエドワードの希望する[スカイダイビングをする]であった。セスナ機で上空1500m以上まで昇り、経験のない者を熟練者のタンデムマスターのお腹にくくりつけジャンプするタンデムジャンプで、カーターは飛行機の中でエドワードにむかい「こんなことは俺は望んでいない。おまえなど大嫌いだ。バカ!」など喚きながら突き落とされるように空に放り出された。その後しばらく、絶叫が大空から聞こえ続けた。エドワードは度胸があり、自分から率先して飛び出し降下中のカーターチームに追いついたが、またもや「バカ!」と怒鳴られた。

 [マスタングに乗る]はカーターの大好きなレースカー、フォード社シェルビー・マスタングに乗る事であった。エドワードの金の力で準備した2台のマスタングはサーキットのスタートラインに準備されていた。憧れの車のコックピットに座って感触を楽しむように走り出したカーターの横に付いたエドワードが声を掛ける。
 「高校生がダンスパーテーに行くんじゃないんだぞ!もっと早く走れないのか!」
 「俺の尻を追い続けることになるぞ!付いて来い」カーターは猛然とアクセルを踏み込んだ。最後には車同士の脇腹の擦り合いになり、マスタングをぼろぼろにしてしまう。
 [刺青を入れる]はエドワードだけが嬉しそうに実行し、カーターは「神への冒涜だ・・」などと呟きながら批判的な目で見つめていた。

 自家用ジェット機でヨーロッパに向かうときに何度目かの、
 「あんたは金をいくら持っているのだ?」カーターが聞いた。
 「君はいつも人の財布の中身をそのように確かめるのか」
 「聞きたくなったのは、あんたが初めてだよ」

 フランスのコートダジュールで一時静養した折のレストランで、エドワードには結婚した娘があり、その娘を何回か殴った娘婿を金の力で痛めつけたことを話した。それ以来娘は家を出て、二度と父の前に姿を現さなかったと、カーターは聞かされる。
 その後アフリカに飛び[ライオン狩りをする]はずだったが、信仰心旺盛なカーターの説得で[56発ライフルをぶっ放す]に変更され、エドワードは1発目の発射の反動で尻餅をつき2発目以降をあきらめた。アフリカの平原を闊歩する動物の群れを縫うようにジープで走る二人は幸せだった。
 [ピラミッドに登る]前に王家の墓の一つを訪れ、カーターが話す死後の世界を聞き終えたエドワードはいう。「亡くなった妃の墓を王が設計し、何万人の人間が無償で築いたというが、人は何十年もの間を収入なしで生きていけれものなのか」
 カータ-は苦笑いをする。
 ピラミッドの頂上からの眺めは素晴らしく「これで[荘厳な景色を見る]も終わったな」に、カーターは以前に読んだヒマラヤ登頂を果たした登山家の文書を引合いに出し「荘厳の景色はこれではない」と断言する。
 [万里の長城をオートバイで]は、ハーレーダビットソンをカーターが運転することで果たした。そんなには金を持っていないカーターだったが、マシンには滅法強かった。
 [ヒマラヤ登頂]は何合目かのロッジまで行ったが、秘書のトマスが聞いてきた2つの情報「頂上は吹雪であり、この吹雪は3ケ月後の春まで止まない」により、次回に見送くられた。
 [シルクのスーツを着て胡桃のアイスクリームを食べる]ために香港に寄ったときに、エドワードの悪戯心から手配した女性にカーターを誘惑させる。その悪戯に怒ったカーターは自分の家に帰ると云いだし、一向はアメリカに戻る。
 カーターの自宅に戻る前に、秘書のトマスが調べたエドワードの娘の家の前に車を向けたことで爆発したエドワードは、トマスとカーターを路上に置き去りにして一人で帰ってしまう。気まずい別れ方だった。

 自宅に帰り着いたカーターを優しく迎える妻が、子供たちを集めて晩餐会を開いた。
 夕食がすみ子供たちと孫たちが帰った後に発作を起したカーターは病院に担ぎ込まれた。
 癌は脳にまで転移していた。
 カーターが成功率の低い手術に臨む日に、エドワードが病室に現れる。

 手紙を預かっていたカーターの妻が
 「『自分が居なくなってからエドワードに渡しくれ』とい云われたのだけど、今渡すわ」と手紙を渡すと、眠っていたはずのカーターが
 「私の云うことを聞いたためしがない」と奥様を睨んだ。
 エドワードを招き寄せたカーターは、これも読んでくれと手渡したメモをエドワードが読み上げる。
 [コピ・ルアクは、インドネシアのスマトラ島で栽培されるコーヒーの実をジャコウネコが食べ、未消化で排出した糞の中のコーヒーの種を加工して造るものである]と書かれてあった。
 「クソ~!」叫んだエドワードを見て涙を出しながら笑うカーターが
 「ペンを貸してくれ」と云い、あのメモの[泣くまで笑う]の上に横線を引き、それをエドワードに渡した。
 「後はあんただけでやってくれ」
 「二人でやらなければ意味がないよ」
 「いや、私はもう出来ない。たのむよ・・」
 手術を終えたカータは手術室から出てきたが、二度と眼を開けなかった。

 過去にやったことのない葬儀場でのスピーチを、カーターの前で初めてするエドワード。
 「カーターとは3ヶ月前に出会ってから、世界中を回って共に楽しんできた。二人で旅する間に彼から様々なことを教えられた。人の一生は愛の大河のようなもである。そこに集まるまでにはそれぞれが様々な経路を辿る。静かに平原を流れた後には荒々しい滝となって千丈を一気に落下し、やがて海というところで合流するのある。
 他人だった我々二人は、短い時を共有することにより知らず知らずに理解し合い、もとは他人だった者と互いに助け合い生きたのである。まもなく彼と同じところに行かねばならない私を、君の信仰をもって道案内してくれることをお願いする」スピーチを終えた彼は、ポケットからあの[バケット・リスト]を取り出し、
[見ず知らずの人に親切にする]の上に横線を引いた。
 エドワードは、死ぬ前にカータから渡された手紙の通りに、永く会わなかった娘の許を訪れた。娘は父親の言葉により少しずつ心を開いてゆき、彼の前に二歳になる孫娘を連れてきた。輝くような笑顔を持つ世界一の小さな美人を引き寄せ、その頬に優しく唇を寄せた。彼は、心の中で[世界一の美女にキスする]の上に横線を引いた。
 ヒマラヤ山脈の最高峰のエヴェレストの山頂は、8,844.43mの所にある。雲ひとつない山頂付近をピッケルを片手に一人の男が1歩また1歩と山頂を目指して進んでいく。ヤッケに包まれた顔からゴーグルを外すと、エドワードの秘書トマスの顔が現れた。背負ってきたリックの底からナッツの缶を取り出した。
 山頂にあった石の箱の側面を外し、エドワードの遺灰の入ったナッツ缶を納めた。そこには既に別のナッツ缶が入っていた。カーターの遺灰であろう。トマスはポケットから取り出したバケット・リストの
[荘厳な景色を見る]の上に横線を引いた。
 この映画[最高の人生の見つけ方(バケット・リスト)]の全編に渡り流れるナレーションは、「かくてエドワードは荘厳な景色を観た。しかし山に葬ることは違法行為である」と、モーガン・フリーマンの声に依り締めくくられる。カメラは、頂上から観た遥か下方の横たわる雲海から突き出ているヒマラヤ山脈の連山をいつまでも写していた。そこは、本当に神々が住む領域だと思われた。]]

 [モーガン・フリーマン]は、1937年生まれの顔の長い黒人俳優で今年(2011年)74歳になる。9歳のときに小学校の演劇で主役を演じることにより早くから演劇に興味を示し、成長に伴い様々な職業のあとの1971年(34歳)のおりに端役で映画デビューする。その後から現在までに50本余の出演作品の中には主役級の役柄を演じた物が多数あり、
 「フリーマンはどんな役を演じようとも誰も近づけない尊敬に値する人物の一人だ」と映画関係者から賞賛されている俳優である。
 1989年(52歳)の[ドライビングMissデイジー]ではアカデミー主演男優賞にノミネートされる。この映画での金持ちのユダヤ人事業家の母親を演じた相手役の[デェシカ・タンディ]は、当時80歳でアカデミー主演女優賞を受賞している。
 
2004年(67歳)に出演したクリント・イーストウッド監督主演の[ミリオンダラー・ベイビー]では、晴れてアカデミー助演男優賞を受賞している。そして[最高の人生の見つけ方(バケット・リスト)]では主演者の一人を重厚に演ずるかたわら、この映画のプロジュースをも担当している。

 [ジャック・ニコルソン]もまた、1937年生まれの74歳の俳優でプロジューサーで映画監督でもあるアイリッシュ系白人である。個性派俳優として抜群の演技力を持ち、今日まで12回のアカデミー賞ノミネート暦を誇り、その内で主演賞2回と助演賞1回を手にしている。
 それに加え、1994年(57歳)の折にアメリカ映画協会から生涯功労賞を授与されている。その後の彼は今日までの17年間を生きこれからもいき続けるので、もう一個の生涯功労賞を準備して置かなければならないだろう。この[最高の人生の見つけ方]では2人の末期癌患者をモーガン・フリーマンと共に演じて、観る者に深い感銘を与えた。

 [ショーン・ヘイズ]1970年生まれの41歳のコメディー俳優で、特に音楽には深い造詣を持つ人物である。[最高の人生の見つけ方]では主人公の一人の大富豪の忠実な秘書役で、ボスに同調するわけではないが己の役割をパーフェクトに遂行する典型的な執事タイプの秘書役を演じている。彼が顔を出す度に随所に見せる山葵の利いたユーモアが、2人の主役の演技を支えているようにも思える。
 この三人を中心に、芸達者な脇役人が囲み、監督とスタッフのそれぞれが最高の仕事をして、生物の終局である死を尊厳と羨望を持って謳いあげたのが[バケット・リスト]である。

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