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2009年4月19日

コスモスの神話 Ⅶ(文明の発生とビッククランチ)

平成21419

[文明の発生]

文明とは

人知が進歩し精神上と物質上のものごとが備わっている社会の状態をさす

文化とは

社会を構成する人々によって習得し共有し伝播される行動様式と生活様式の総体をさす

それぞれの人間集団は個別の文化をもち

個別の文化はそれぞれ独自の価値を持ち

その間に高低優劣の差は存在しない

[メソポタミア文明]

ティグリス河とユーフラテス河の2つの大河流域に

6千年前ころから発生した複数の文明を総称してメソポタミア文明と呼ばれた

イラクとシリアとイランの一部が含まれるメソポタミア文明は

のちに西南アジアの各地に興る多くの文明の源流になった

この文明は両大河上流の丘陵地帯に発祥し

つぎに下流地帯で初期文明が興り最後に中流地帯で頂点に達した

[シュメール文明]

エジプト文明とほぼ同時期に発祥したメソポタミア文明は

65百年前ごろにメソポタミア南部に興ったシュメール文明が発端となっている

シュメール文明は祭政一致の都市国家的政治体制を持ち

55百年前には世界最古の文字<楔形文字>が発明されている

バグダートの80Km南のバビロニアはメソポタミアの中心都市である

4千年前にアムル人によりこの地に興ったのが古バビロニア王国であった

六代ハンムラビ王は30年の歳月を経てメソポタミア統一を成し遂げた

ハンムラビ王の<ハンムラビ法典>は古代オリエント世界に強い影響を及ぼす

この王国もまた27百年前のヒッタイト帝国の侵略を受け滅びた

[エジプト文明]

エジプト文明は6千年前にナイル川下流に興った文明である

毎年6月から10月にかけての雨季には下流平野部が河水で覆われ

上流から運ばれた肥沃な土砂が表土として固定される

その後の乾期は翌年の6月までつづき安定した農耕をはぐくむ

雨季と乾期に渡り河水は極めて規則正しく増減する

乾期の農耕に必要な運河や貯水池などの

大規模な水の管理のできる祭政一致の都市国家が群立した

5千年前に統一国家が成立し20の王朝が交代しながら繁栄した

その後の約31百年前の第21王朝から衰退の道をたどる

[クフ王のピラミッド]

エジプト文明が造りだしたピラミッドは巨大な国家権力の象徴であった

ピラミッドはイジプト王朝の歴代の王を祭る建造物である

初期のピラミッドは6段程度の階段式のものだったが

古代エジプト<ファラ王>のピラミッドから巨大化していった

<クフ王>のピラミッドが最大で

底部正方形の一辺が230mで高さ146mの正四角錐であった

この約4550年前に建てられたこのピラミッドには

平均2.5トンの石が230万個使用されている

[エーゲ文明]

クレタ(ミノス)文明とミケーネ文明とトロイア文明に代表されるエーゲ文明は

5千年前から約32百年前のエーゲ海周辺で栄えた青銅器文明をさす

最初に位置するクレタ文明は民族系統不明だが

壮大な宮殿跡や粘土板への文字を後世に残す高い文明を築いた

この時代のミノス王は伝説上の人物でギリシャ神話内でも活躍することになる

クレタはその後に移動してきたドーリア人の前に滅んだ

ギリシャ本土を中心に栄えたミケーネ文明は後の西洋文明の源流をなすもので

バルカン半島南端部とエーゲ海に点在する島々一帯に高度な文明を築いた

28百年前のギリシャにはアテネやスパルタに代表される多くの都市国家が成立した

互いが牽制し合い領土を侵略し合う歴史の中でも

25百年前のペルシャ戦争の危機を都市国家同士が団結して乗り越え

その後にアテネを中心とした全域でギリシャ古典文化が花開いた

アテネとスパルタのぺロポネス戦争を契機として衰退が始まるギリシャは

24百年前ごろマケドニアのアレキサンドロス王に飲み込まれてしまった

[イラン(ペルシャ)文明]

アーリア民族は中央アジアで群れごとに遊牧を主体とした部族であった

35百年前に興ったイラン文明はインド文明と共にアーリア民族の最古の文明であった

イラン文明は次第に南下して約27百年前にはイラン高原にメディア王国を建てた

26百年前のアケメネス朝のころにはメソポタミアやギリシャの影響をうけ

同時代の最大広域国家をなし宮殿<ペレセポリス>に象徴される華麗なる文化を築いた

2330年前にアケメネス朝はマケドニアのアレキサンドロス王に滅ぼされた

[アレキサンドロス大王]

アレキサンドロスは約2365年前にマケドニアのフリップ二世の子として生れた

2345年前の20歳の時に王位を継ぎ遠征軍を率いてペルシャを滅ぼした

余勢を駆ってインド中央部まで進撃したアレキサンドロスは

またたくまにギリシャとオリエントを含む大帝国を樹立した

アレキサンドロス王の死後帝国は3つ分裂しその後に一つに統合された

セレウコス朝はアレキサンドロス王の武将セレウコス1世が建てた王国である

シリアのアンティオキアを首都としてインダス河に及ぶ領土を持つセレウコス朝も

幾多の敵との攻防を繰り返し消えていく運命にあった

セレウコス朝の後に興ったパルティア王国は

ペルシャ人アルサケスにより約2260年前に建国された

パルテア王国は当時のローマ帝国と互角の力を持ち

最盛期にはインダス河からユーフラテス河に及ぶ領地を持った

パルテア王国も約2235年前にササン朝に滅ぼされた

パルティア王国を倒したアルデシール一世が興したササン朝は固有の民族国家であった

西アジアの広大な地域を領土としたササン朝は

ゾロアスター教を国教とした専制政治下に独特の文化を築きあげた

西方ではローマと戦い東方では中央アジアやインド北部まで領土として

その文化的影響力は中国や朝鮮や日本までにも及んだ

ホスロー1世の時に最盛期を迎えたが徐々に衰え

新興のイスラム軍に破れ1358年前に姿を消した

地球上に発生した文明は例外なく

他部族や他民族からの略奪による富と人々からの搾取により築かれた

地球上のそれぞれの地域に興った文明は例外なく

より強力な権力を持つ他部族や他民族の首長により滅ばされた

一つの文明が消滅する過程の中では

大多数の個人の意思に反しての殺戮と破壊とが繰り返された

そして

敵味方の多くの兵士と成すすべを知らぬ多くの民衆の屍が積み上げられた

中世代に出現して13千万年間もの隆盛を誇った恐竜の歴史

たかだか5百万年前にゴリラやチンパンジーと分かれて

独自の進化の過程を歩き始めた人類の歴史

歴史には例外はなかった

65百万年前に恐竜が絶滅したように人類の滅びにときはいつかは来る

だが人類の滅びの時は遠い遠い未来のことだ

6千年前にやっと文明を手にした人類の歴史は始まったばかりだ

人類がいままで築いた文化は次の世代に引き継がれて

さらなる英知が積み上げられて繁栄し続ける

生物の個体が死に至るのは自然の摂理である

死を恐れない生物はいないが生物個体には確実に死は訪れる

生命発生以来の数え切れない生と死が

現在の地球上にあふれる生物を造った

50億年前に誕生した太陽でさえ

いまから50億年後は赤色巨星となるまで膨張し

限りなく収縮したあとに宇宙空間から姿を消す運命を持つ

ビック・バンに始まった大宇宙そのものにしても

やがて膨張速度が弱まりそして膨張はやがて停止する

そして収縮を開始する

それは姿がなくなるまで収縮する

その涯には無の世界が待つ

そして次のビック・バンがおこる

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