コンドルはどこをめざす (再)
平成20年2月28日
H19-10-8
1964年(昭和39年)ごろのアメリカの地で人気の高かった [サイモンとガーファンクル]という 二人組の歌手がいた。彼らのヒット曲の中にあったのが[エル コンドル パサ(コンドルが飛んで行く)]である。旧いペール民謡を編曲したものに独自の歌詞をつけたもので、インカ帝国の末裔であるインディオの心情を「一羽のコンドルが夕陽にてらされる岩山に飛んで行く」という言葉のなかに謳いあげたものである。
体長1mをゆうに超えるコンドルが両翼を広げると3mにもなる。現存の鳥類ではダチョウの次に大きい鳥で、南米アンデスの高山に棲息する。コンドルが食料としているのは動物の死骸で、腹腔の中に首を入れ内臓を引き出すためか頭部に毛が生えていない。大空を堂々と飛翔している姿とは裏腹に、行儀の悪い食事をするのがコンドルなのである。
コンドルはそれぞれ単独行動により獲物を捜すが、動物の死骸などを見付けると上空で大きな円を描いて飛び、遠くの仲間に獲物の位置を知らせる。そして、獲物は仲間を集めてから皆で分け合う。子育ては夫婦共同で、子供が巣立つ頃になると仲間の子供を集めての飛行訓練係りのオスが出現する。コンドルは巨体を空中に浮かすのに両翼の力だけでは持ち上げることができず、垂直に切り立った岩山に発生する上昇気流を利用して空中に舞い上がる。コンドルがインカの帝国の神聖な神として崇められていたのは、あの悠々と大空を飛翔する姿に憧れを持たれてのことではないだろうか。その姿は、憬れに値する優雅なものだ。
インカ帝国の興ったのは1200年ごろであった。南米大陸の太平洋岸のほぼ全域を制したケチエア族も当初は一部族に過ぎなかったが、対抗する他部族との戦に勝利を収めたことをきっかけにまたたく間に一大帝国を築いてしまった。そして、首都クスコから全領土に伸びる総長4000Kmに及ぶ街道が建設されていた。この道路上には驚くほど早い伝令方式が確立され、国中のニュースと各地方の特産物が王のもとに届けられたのである。
ペルーのインカ文明にしろ、メキシコのマヤ文明にしろ、なぜあんな3000m以上もの山頂付近に発生したのか不思議に思っていたが、それは気象的な問題に起因していたという。南米の太平洋岸平野部には降雨量が少ないために農耕には適さない。それとは反対にアンデス山脈の高原地帯は、海から吹き上げる風で霧が発生する。この霧雨のために地表に水分が蓄えられて作物栽培に適していたのである。アンデス原産の野菜の中にはジャガイモ、トウモロコシ、トマトなどがある。農耕と平行してのリャマ、アルパカによる高山牧畜などもあり、大勢の人口を維持できた。人が集まり、継続的な生活ができるところに文明は興るようである。
インカ帝国は君主制国家で、王や官僚は世襲制であった。これらの貴族は「庶民に知識は必要ない」という考えで、それぞれの役務に必要な部分だけの知識が教えられ、それ以上の情報を得ることを禁止されていた。あのように高度な文明の恩恵は、一握りの貴族階級だけに許されたものであった。
1500年代ごろには、コロンブスのようなそれぞれの国営海賊団が多数海に漕ぎ出し、太古から他民族が生活している土地に上陸しては勝手に新大陸発見などをした大航海時代が始まる。野心満々のフランシスコ・ピサロというスペイン人が、黄金郷の噂高いインカ帝国を目指したのもこの時代である。手勢数百人を率いたピサロは、インカ王のアタワルパを言葉巧みに騙した末に1533年に処刑してしまった。贅沢になれ足腰が退化したインカ官僚は一目散にジャングルの奥に逃げ込み、国土を守るという意識の薄い一般庶民はスペイン兵士の射撃の的になる以外にどうすることもできなかった。かくて首都クスコはスペイン軍の無血入城という結果となり、有事における危機管理の甘さが露呈した。スペイン国営海賊のピサロは、あっという間にインカ帝国の金銀財宝を奪いつくすことにより帝国滅亡に追い込んだ男である。その後ピサロは、戦利品の分配をめぐる仲間内での争いがもとで、後頭部を打ち抜かれて暗殺されてしまった。1980年代のバブル経済下での、あらゆる土地を売りつくした日本国内不動産業者のように、それぞれの強国が、やりたい放題のことをやりとおしたのが世界史の真実である。
1970年前後だったと思うが、宝塚歌劇団出身人気歌手の越路吹雪の歌をよく聴いた。シャンソンを独自の歌唱法で聞かせてくれる彼女は、世の男性ばかりか、自分を上流階層だと信じて疑わないおばさん連中にまで強い支持を受けていた。宝塚歌劇団を同時退団した岩谷時子という友を得ての彼女の活動は多忙なもので、コンサート、ミュージカル舞台、テレビ、ラジオ、映画に大活躍であった。岩谷時子は天性の詩人で、越路吹雪の唄う歌の作詞と外国製の歌詞翻訳をうけもつ傍ら、誰にもできない越路吹雪の親友という役割をも果たした人である。
越路吹雪が唄う岩谷時子の翻訳によるコンドルは飛んで行くの歌詞は、37年たった今でも鮮明に憶えている。
カタツムリよりスズメが、いいなー
もしも、なれるものなら
釘よりもハンマーが、いいなー
もしも、なれるものなら
遠い国に行きたい
船で行きたい
人はみな土に縛られて
なくのだ
悲しさに
越路吹雪は昭和55年11月7日に亡くなった。面長な顔一杯の笑みを人々の胸に残して、別の世界に旅立った。
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コメント
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投稿: ticco | 2008年2月28日 (木) 10時58分
んーーーぅぅうぅうううもみもみいいいいい!
会った瞬間に「おぱいぱいー!」って言いながらワシワシ乳 揉んだら
相手も思いっきりティン コしごいてきてちょーノリノリだたよお!!!
ヤ る前から3 万くれて終わってからまた5 万くれたし何この魔法www
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投稿: やらねー奴バカだろ(^^; | 2009年10月28日 (水) 01時28分